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おそろしき「戀」という文字ひしめいてひとごろしうたうたう塚本 [レビュー]

塚本邦雄メモ、その3。
先日紹介した、『緑色研究』までは、固有名詞がきらきらとちりばめられ、華やかな単語がぎゅうぎゅうに詰め込まれたような歌が多かったんだけど、そのあと、塚本邦雄は「豊かな調べ」といった方向へ徐々にシフトしていく。古文的な言い回しを多用し、ゆるやかなリズムに誘われて言葉が導き出されるような歌。「菖蒲あやふくほぐるる時ぞ」とかね。

●馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
これは、塚本短歌の中でも一二を争う超有名歌。馬を洗うなら馬の魂が冴えるまで洗え。人を恋するなら人を殺してしまうほどの心で恋せよ。そうじゃなけりゃ、何が恋だ。激しいね。激しい恋だね。でも、熱く燃えたぎる恋じゃない。熱い想いを突き詰めていって鋭くとがらせ、凍てつくような厳しさに至る恋だ。ひたすらやれ、と言っている。どこまでも行け、と言ってるんだよ。ひたむきさこそが、美しいのだと。
この厳しい美意識がいかにも塚本邦雄らしいんだけど、この歌が人気があるのは、何より覚えやすいからだと思う。口にしたときに、快感があるんだよ。「あらわば」「たましい」「こわば」「あやむる」などなど、ア段音の連なり。そして、最後に「こころ」と三連のオ段音でストンと落ちる。さらに、「うまをあらわば/うまのたましい/さゆるまで」と、リズムの切れ目と意味の切れ目が一致した上の句に対し、「ひとこわば/ひと」「あやむる/こころ」とリズムと意味の切れ目がズレる下の句。Bメロで急に裏打ちになるみたいなもので、これが、リズムのタメというか、フックになっているわけ。もひとつ、「人戀はば人(を)あやむるこころ(で)」という助詞の省略も、早口になるような切迫感があって、強い希求のようなものを感じさせる。

この歌が収録されている第六歌集『感幻樂』(管弦楽のもじり)の連作「花曜」(歌謡のもじり)は、日本の中世歌謡による影響が色濃い連作で、三島由紀夫が絶賛したとか。いや、「日本の中世歌謡」の何たるかは、俺もよく知らないんだけど、とりあえず初句が7音で始まるスタイルの、「和もの」くらいの理解。
実は、俺、この一連の作品がピンとこなかったんだよね。それまでの無国籍風の作品に比べると、地味だし意味もよくわからなかった。ところが、今回、「現代詩文庫」で読み返してみたら、ら、すごくいいじゃん、これ。初句7音ってのを意識しつつ、言葉のつながりを味わいながら読むと、あら不思議、今までノれなかったのが嘘みたいに、すーっと染み込んでくる。まだまだちゃんと読めてる自信はないんだけど、リズムの流麗さやイメージの鮮やかさに、酔わされる。
歌われているのは、男同士の恋愛。三島由紀夫の好きそうな、耽美な世界。あ、俺、三島も読んだことないや。まあ、イメージだけで言ってるけど、三島好みの男色ですよ、男色。短歌っていうストイックな詩型の中で、禁じられた愛の物語が展開する。

●戀に死すてふ とほき檜のはつ霜にわれらがくちびるの火ぞ冷ゆる
これが一連の最初の歌。早速よくわからない歌だけど、「とおきひのきのはつしもに」「くちびるのひぞひゆる」のイ段音の、ひりひりとした調べにやられる。恋に死すという、ってな始まりは、これからの一連の展開を予感させる。檜の梢に初霜が降りる。「火の木」をしんしんと凍らせる霜。「われらがくちびる」って言い回しが、怪しいね。何だか、キスを連想させるじゃないか。かつてキスを交わした唇も冷えてゆき、命の炎が消える。心中の歌と見たけど、どうか。
●きららきさらぎたれかは斬らむわが武者(むさ)の紺の狩襖(かりあを)はた戀のみち
「如月」は2月、「狩襖」は狩衣という着物の上着。「きらら」は、端正な美しさを現しているって解釈でいいのかな。これまた、「わが武者」ってのが、怪しい。この武者は、誰かを斬ろうとしているのか? それとも恋の道をひた走っているのか? そのまっすぐさが、人を美しくする。カ行音のきっぱりとした響き。中でも、畳みかける「キ」音が、馬をひた走らせるようなスピードを感じさせ、まっしぐらに駆けていく武者の姿が浮かぶ。
●つね戀するはそらなる月とあげひばり 柊 ひとでなし 一節切(ひとよぎり)
「一節切」は、尺八の前身と言われる楽器。マイ・フェイバリット・シングスを挙げている歌だね、これは。で、「あげひばり」を受け、「ヒ」音で頭韻を踏んでいる。どれも、シャープなイメージのものばかりだけど、そこに、挟まれた「ひとでなし」が鈍く光っている。「ひとで/なし」のリズムの切れ目が、恋しい男を切り裂くようだ。
●ふるはかたびら雪ぼたん雪息あらく若者が馬さいなむうへに
「かたびら雪」は、薄く積もった雪のこと。「帷子(かたびら)」は着物のことだから、「ふる」は「降る」と「振る」の掛詞になってると思われ。馬を打つ若者は、例の若武者かもしれない。空から降りしきる雪、振る袖からはらはらとこぼれ落ちる雪。馬の肌へうっすらと積もる雪。そして、「ゆき」から「いき」へ。若者の吐く息、そして馬の鼻息。冷たく白い雪と、熱く白い息の対比。馬を苛み続けるほどの激しい心、その美しさ。「ゆき」「ゆき」「いき」と、雪が積もっていくようなリズムは、鞭打つリズムのようでもあり。
と、前半の四首を見てみたけど、どれもこれも、「人戀はば人あやむるこころ」の変奏曲のように思える。ここまで激しい恋の炎って、なかなかないよね。少なくとも、俺の中にはない。つまり、俺にとっては共感しづらい恋歌なんだよ。だけど、それだけに、言葉で構築された世界の凛とした美しさに、クラクラする。
言葉の力が、俺を酔わせる。「ひとこわばひとあやむるこころ」。ついつい口で転がしたくなるこのフレーズは、まるで魔の呪文のようだ。
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