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ガルガンチュア サン・セバスチャン ツェッツェ蝿 かなし喜連瓜破の塚本 [レビュー]

初期の塚本邦雄作品は、言葉づかいが派手ってなことを書いたけど、第一歌集『水葬物語』には、こんな歌がある。
●アルバトロスの卵の殻に皇帝は落胤の名かずかずしるす
これ、よくわからなかったんだよね。「アルバトロス」って何じゃいな。でも、今はネットがあるじゃんか。ってんで、検索。はい、わかりました。アルバトロスってのはアホウドリのことらしい。ってところで、もう一度、この歌を読み返す。「落胤(おとしだね)」は、皇帝が秘かに作った子供のこと。この皇帝は権力にあかせて何人もの女性に手を出していたんだろうね。で、その子供たちの名前を次々挙げている。アホウドリは、絶滅危惧種でしょ。てことは、この皇帝の男性機能も衰え、今や血筋も絶滅寸前だという含みがある。つまり、皇帝の慌てっぷりをからかった歌じゃないかと。たぶんね。
それにしても、「アルバトロス」だ。「アホウドリ」でいいじゃんって思うけど、それじゃつまんないわけよ。一見謎めいたこの呼び名を選ぶところが、塚本邦雄なんだよね。要するに、言葉フェチ。「皇帝」のきらびやかさによく似合う響きであり、反面中身には「アホウ」っていう含みがあるところがミソなのだ。

で、この手の固有名詞がふんだんに盛り込まれているのが、第五歌集『緑色研究』。例の「みなころされたるみどり」の歌が収録されている歌集ね。これ、わからない単語がいっぱい出てくるんだよね。だから、最初は「ん?」と思う。で、調べてみる。そうすると、言葉の文字面や音と、その言葉が含んでいる意味が重なったりズレたりしてて、おおってな発見がある。二重露光みたいな感覚って言えばいいかな。
例えば、こんなのは、どうでしょう? ()内はルビ。
●採油塔の脚しなやかにむらがれるバクーとぞ死後の蜜月の町
「バクー」は地名で、アゼルバイジャンの首都。古くから油田で知られていた町だそうだ。俺は知らなかったけど。「バクー」っていう不思議な響きが、遠い異国の風景を浮かび上がらせる気がしない? バクー。
●まづ脛より青年となる少年の眞夏、流水算ひややかに
「流水算」がわからない。わからないけど、脛まで川に浸かった少年をイメージする。調べてみたら、「流水算」は、川を上ったり下ったりする船の速度を計算する算数問題のこと。味気ない数式が、詩の言葉になる不思議。
●黒き瞼のうちに眞晝の果(み)埋めて奔馬性結核の若者
旧字の「眞晝」は「真昼」のこと。それはいいとしても、「奔馬性結核」って何? 一見造語に見えるけど、ちゃんとあるんだよ、こーゆー言葉が。走る馬のように急速に進行する結核のことだそうだ。塚本邦雄が「馬好き」なのは有名だけど、実は医学用語や病名マニアでもあると思う。
●暴動鹽のごとくあたらし剛毛のツェッツェ蠅棲む國の處女(おとめ)に
これは、まず旧字がおどろおどろしい。「鹽」は「塩」、「蠅」は「蝿」、「國」は「国」、「處女」は「処女」ね。しかも、濁音が多くてものものしい感じ。でもって、「ツェッツェ蝿」だ。「何を言い出したんだ?」って感じでしょ。でもいるんです、こーゆー蝿がアフリカに。眠り病なんていう恐ろしい伝染病を媒介することで知られている。って、これは俺も、「ツェツェ蝿」って名前で知ってた。ふざけた名前とその恐ろしさのギャップが、何だかイヤらしい。
●鵞鳥卵つめたしガルガンチュアの母生みしパルパイヨ國の五月雨
「ガルガンチュア」を知ってる人にはわかるけど、知らない人には何のこっちゃ、ってな歌。ラブレー作の『ガルガンチュワ物語』は、巨人ガルガンチュワを主人公とした、ホラ話的な小説。まあ、俺もいつか読みたいと思っていながら読んだことはないんだけど。なので、ひとまずは、「がちょうらん」→「ガルガンチュア」→「パルパイヨ」、物語的な音の響きとその変化を楽しむ歌としておく。
他にも、『緑色研究』には
●サン・セバスチャン繪の中にひたすらに水欲り水の上ゆく椿
●黒人オルフェ こころの夏に百人の競争(レース)の自轉車の臀熱(あつ)し
●壯年緩徐調にすぎさりつつを火の色のラベルの音盤(デイスク)のカラス
などなど、固有名詞がきらめく歌がいくつも収録されている。こーゆーのって、「教養を試される」みたいなところがあるんだけど、今は、ネットがあるからね。ある意味、アクセスしやすいんじゃないかな。どれも面白い歌なんで、興味ある人は、レッツ検索。

ちなみに、後期の塚本邦雄作品には、実在の地名を読み込んだ歌がたくさん出てくる。こちらも面白いので、ちょっと紹介。
●大和橿原雲梯(うなて)の町に父の墓ありとぞゆきのした散りまがふ
●空心町(くうしんちやう)葛屋(くずや)喜兵衞の夕明り淡雪羹(あはゆきかん)墓石(はかいし)のかたちに
●賣文の百枚かかへきさらぎの驛にあり片町線放出(はなてん)
●われに娘あらず 地下鐵谷町線喜連瓜破(きれうりわり)てふ驛名かなし
●時間の死てふものあらば山科區血洗池町(ちあらひいけちやう)寒の夕映
「大和橿原雲梯」「空心町」「片町線放出」「地下鉄谷町線喜連瓜破」「山科区血洗池町」、ぜーんぶ実在の地名や駅名です。「うなて」や「はなてん」ってな響きの面白さ。「山科区」ってなフツーの区名に「血洗池町」ってつく面白さ。
俺が好きなのは、二首目の「空心町」。「葛屋」って、くずきりなんかの和菓子の店だと思うけど、カ行音のリズムも心地よく、「空」「葛」「淡雪」ってなおぼろなイメージの言葉が連なるのも美しい。淡雪羹、食べたいな。
四首目の、「喜連瓜破」も可笑しい。「きれうりわり」っていうラ行音の響き。そして、この駅名に「破瓜」を見つけてほくそ笑む塚本邦雄。最後の「かなし」は、「悲しい」じゃなくて、古文の「愛おしい」って意味だと取りたい。

ボキャブラリーが増えていくのは、楽しいよね。日常生活で使うことはまずないだろうと思える言葉もいろいろあるけど、まあ、いいじゃないか。言葉それ自体の面白さは、味気ない日常なんかよりずっとステキだ。
きっと、塚本邦雄だってそう思ってたはず。
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